Jan 25, 2015

始まり。


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カルチャーブログとぶち上げてしまったからには初回はカルチャーっぽいこと書かないといけないなと思いまして、オーストラリアに来て思うこと、感じる事を書きたいと思います。

日本を出て早四ヶ月、たった四ヶ月ですが感じたものを。 オーストラリアに来る前まではオーストラリアは英語圏だから白人ばかりだと思っていました。
でも実態は違って、本当は多民族国家で、様々な国の人がひしめき合いながら暮らしています。特に僕がいるシドニーはすごい。

アジア系、中国、韓国、タイ、ベトナム系の街もあれば、ポルトガル、スペイン、イタリア系の街もある。 その住む人たちによって街の色も違うし食事も違う。 日本ではあり得ない光景が日常的に広がっていて、日々刺激を受けるわけで。 様々な国の人がいるからこそ様々なカルチャーが根付いていて面白い。

これは本当に日本とは違う。日本は常識、という共通認識があり、それを皆が理解して日常生活を営んでいるわけで。 でも、世界には様々な宗教、信仰、常識があって、一歩外に出れば日本の共通認識が共通認識ではなくなる。

ヨレヨレのラモーンズのバンT着て洗ってないリーバイス履いて裸足で街歩いてる人の横にトムフォードのスーツきてジョンロブ、クロケットジョーンズ、チャーチあたり履いてサンローランのバッグ持ってるビジネスマンが歩いてる。

ドクターマーチン履いて緑の髪したタトゥーだらけの女の子の横に、ジミーチュウのハンドバッグ持ってルブタン履いた女の子が歩いてて、その横にイスラム教のヒジャブ着た人が歩いてる。

セカンドハンドならぬナインハンドくらいの年式不明のボロボロのプジョーが走ってる横に、新型のメルセデスSクラス走ってたり。

でもそれはここではありふれた光景であって、日本みたいに均一化された流行とか価値観みたいなものがない。 これしてないとダサいとか、これは一昔前前に流行ったやつだとか、そーいう意識が日本よりない。

本当にup to youな感じで。

本質的な自由な部分というか、縛られない感じがここにはある。 キリスト教の人もいれば、イスラム教の人、仏教の人、ヒンドゥー教の人もいる。

パブ行ってビールに泡がないと思ったらオーストラリアではそれが普通だったり、パブ行ってこいつ酒飲まないなーと思って聞いてみたら宗教上の理由で飲めないとか。 なんでパブにいんねん。

ストリートミュージシャンがプロ並みにうまかったり、ギター屋のおっちゃんにギター見せてっていったら自分で弾き始めちゃって超絶テクで10分くらい弾いちゃってドヤ顔で渡されて俺氏謝る。みたいなこと起きちゃったり•••。

お金の価値観も人それぞれで、休みあって金なくてもいいって人もいれば金稼ぎに力入れてる人もいる。 それは、この国の遊び方が多種多様で、お金のなくても遊べる範囲が幅広い。ほぼタダでBBQ出来るし、めっちゃ綺麗なビーチでサーフィン出来るし、そこら中でスケボー出来るし自然だらけの巨大な公園で本読めるし•••。

幸せのあり方が沢山ある。そして自由に選べる。

そして、みんな自分の国のことよーく知ってる。 俺の浅はかな知識と消え入りそうな英語力では深くまで語れなくて悔しい思いばかりだけどそれでもわかるくらい世界情勢から自分の国の問題点まで幅広い。

日本にいたら感じなかったこと。それはもっと自分の国の事知らなきゃいけないってこと。自分の国の事説明出来なきゃいけないって事。

そして世界の事もっと知らなきゃいけない。 例えばスイスは英語圏だと思ってたらフレンチパート、ジャーマンパートに別れてる事なんて全く知らなかったし、アイルランド人がなんでこんなにたくさんいるのかと思ったら自国ではあまり仕事がなかったからこっち来て金稼ぐ事が普通だったり。

とにかく、ただの旅を今までしてきたけど旅と住むことは全然違う。 見え方が違うし、感じ方が違う。 楽しい旅と苦労だらけの住むということはまるで違う。

来る前までは海外に行くとかカッコイイ事だと中二病患ってずーっと思ってました。

でもこっち来て思うのは、海外に出るということは別にカッコイイということではないということ。
必要性があれば出ればいいし、なければ日本でいい。
今の世の中、その気になれば誰でも出れるし、今や留学なんて選ばれた人がするもんでもない。

本当普通、世界標準から見れば海外に行くなんて普通。ありふれたこと。 日本にいて、自分のみたい景色が見られるならそれでいい。その逆も然り。

カッコイイとかそんなくだらん話は無しにして、個人的にオススメするのは日本見れない景色があるのなら出た方がイイよ!ってだけです。

日常生活を営むということは、日本と変わらんルーティンワークだけど、海外という環境を変える事によって人によりけりだけど苦労する分収穫はでかい。

けど、収穫するにはそれを入れる器が必要でその器をどれだけ大きくしてやってくるか?

それは日本でどうやって生きてきたか?っていう点だと思います。 俺みたいに日本で甘ったれた生活してたらこっちで苦労して同時に器を広げないとならないという苦行に陥る可能性大ですが。笑

以上、カルチャーなのかなんなのかそこもわかりませんが初稿はこんな感じで終わらせてもらいます。
もっとまとめてからかけというご意見はご勘弁を。笑

石渡航平

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