Feb 9, 2015

村上春樹


村上完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。

と、始まる小説を手にした。

 

 

今まで結構な数の本を読んできたと思う。歴戦の読書家には勝てないけれど。今まで村上春樹を読んでこなかったのは、僕が捻くれ者だからだ。

 

新しい本が出版されれば、本屋に長蛇の列をなし、いつも賞レースに絡んでくるかニュースに出てくる。

はっきり言えば、そーゆう事が嫌いで「ハルキスト」なんて言葉を聞いた日には日本を憂いたりもした。

ただ、意外な所からその名前が入ってきたりする。

Skype英会話をしてる世界一周中の先生からとか、僕と一緒にラジオやってるモアイ王子まで。

そんなに聞くなら、選り好みしないで読んでみるか!
ということで、手に取ったのは「風の歌を聞け」だった。

ふむふむ。なるほど。
たった150ページほどの本なのですぐ読み終わった。

 

 

 

 

 

読後感

 

僕が感じたこと、

それは限りなく透明に近い作家なんだなと思った。

本を読んでるのか、映画を見てるのか、はたまた人の話を聞いてるのか、ラジオを聞いてるのか、何かをやっている時必ず、人は「それをしている」という意識を持ってやっている。

だけど、村上春樹の本を読んでいるときは、これが本を読んでいるのか、なにをしているのかあまり意識をしなかった。

ということは、透明に近いんだと思う。

そして文体が少し変わったのも、「風の歌を聞け」を読了してすぐに、これを書いているからだ。
もう、恐らくこの文体では書くことはないだろう。
そうとも言い切れないけれど。

無意識にさせるということは、恐らく一番難しい。
無意識の前に立ちはだかる意識はかなり多くの入り組んだ道があり、
その迷路を抜けないと無意識のにはアクセス出来ないと思っている。

何をやるときも、人は必ず何かを考えているから。

なんとなく、村上春樹が好きだっていう人の気持ちがわかったような気がした。

あーゆう浮遊感というか、「今自分のいる地点を確かめながら見る本」ではなく、「自分のいる地点から空を見るように読む本」なんだと。

なんだか、訳わからん感想文になってしまったけど。

個人的には別に凄いとかそんな風には感じられなかったけど、ただ、なんとなく恋しくなって、ふとした時にペラペラとめくってしまうかもしれない作家だなと思った。

文責:石渡航平

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