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Feb 24, 2015

A僑とはなにか  〜僕らの未来〜

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僕がオーストラリアに行く際にお世話になったAplac(シドニー多元生活文化研究会)という「互助会」があります。

サイトを一度見て貰えばわかる通り、凄まじいコンテンツ量で、「どこから見たらいいのか!」というくらいです。

一体何人でこのサイトを運営しているのだろうと思ったあなた。そう実は現時点では田村宏一さん一人で運営されております。

この田村さんの書くエッセイがあるのですが、僕がオーストラリアに行く際決めた理由はこのエッセイだったりします。
どこかのサイトで「本にしたら10万部は超えるサイト」みたいなやつの中にこのAplacがあった訳です。

なるほど。読んでみると確かに面白い。面白すぎるぜ•••!!
と思いメールを送ったのが始まりでした。

そして僕がオーストラリアワーホリに行き、田村さん本人に会い様々な形でお世話になりました。

そして、今、僕はAplac卒業生としてサイトの中にもあるA僑という名のチームの中で色々と動いています。

今回は、そのA僑の中にいて僕が感じることを書き記したいと思います。

観客のいないライブハウスで音をならせ

そんなこと言われたらたぶんみんな「嫌だわ!」とか、「なんでや!」となると思います。でもそれこそが僕の思う「闘いの音楽」なんです。

今この日本で、見えない不安などに襲われている人も多いと思います。プラスして、「俺このままでいいのかな?」なんて思っている人も少なからずいるでしょう。

でも、そんなこと考えていてもだれもわかってくれない。
ちょっとそんなこというような物なら「いいから仕事しろ」なーんてこと言われたりしますよね。いやむしろ言われなくてもそんなオーラ出されたり。

だけど、今の日本やこのシステムに対して疑問やおかしいだろ!という思いがあって何かを変えようとしている人たちの集まる場所。。。

それがA僑であり僕らが行っているmopラジオであったり、そして、この僕の拙い文章を書いているこのホームページだったりするわけです。

反逆の音楽を鳴らす同士

いつまでも文句を言ってるだけでは何も始まりません。海外経験を自慢して「俺すげーだろー」なんて言ってたら誰も見向きもしてくれません。

けど、「強い個人」が集まって「強いチーム」になれば、「維新」は起こせる。
僕は本気でそんなこと思っています。

竜馬が行くの中にこんなセリフがあります。

「人生は一場の芝居だというが、芝居と違う点が大きくある。芝居の役者の場合は、舞台は他人が作ってくれる。なまの人生は、自分で自分のがらに適う舞台をこつこつ作って、
そのうえで芝居をするのだ。他人が舞台を作ってくれやせぬ。」

そう。舞台を作らにゃはじまらんのです。

そして、大体の人は舞台を作ることが出来ずに終わっていく。

そしてその舞台は、恐らく自分と、志を持つ同志たちが集まって作り出しその舞台の上で各々が舞えばいいと思うんです。

竜馬もいろんな人の力を借りて、舞台を作りその舞台を縦横無尽に駆け回りついに「維新」を達成しました。

初サミット

昨日、日本で初めてA僑の面々が集まりサミットが行われました。

我らが会長の田村氏が書いた、ここを参照。
A僑と伊勢サミットのこと

僕が感じたこと。
それは「舞台を作り出して舞える人達が揃っている」ということでした。

今まで僕は出会ったことがあまりなかった「志」を持っている人達。

コツコツと舞台を作り、舞う。

その舞い方は、下手だろうがうまかろうがそんなことはあまり関係はない。
あるのは、「自分らしく舞えてるか」
それだと。

「多様性」というのを認める為に必要なこと。
それは、みんな違ってみんないい。というところです。

僕もそこにシンパシーを感じていてこのサイトの名前もそんな意味合いのものを引っ張ってきました。

新しいモノが入ってきた時、例えばクラスに新しい転校生が来た時、若い時の僕たちは恐らく白血球の様になっていたと。

己の理解が及ばない人などには少なからず攻撃をしていたんじゃないか。

そして、それは子供の頃だけではなく今、大人になってからもある。死ぬほどある。

もういらなくないですか?
古いんじゃないんですか?
もう恐らくこれからは国境も人種もミックスしていく時代になる。
日本人だけで、ガチガチになっている時代は終わる。
そのためにはみんなで上がっていく力が必要だと。

10年後を見据えて、僕らは何が出来るのか。
政府にいいように使われて、下らない広告を毎日見せられて、だんだん僕らのアタマは弱くなる。

その弱みにつけこまれて、マリオネットになる。

強くなる為には、これから日本や世界を担う若い子達を強くするためには。

今、闘いの狼煙を上げ、その狼煙は伊勢の小さな旅館から上がっているのが見えた。と。

さぁ、勝負はこれからです。

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Feb 13, 2015

grammy 2015

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グラミー賞発表を受けて

今年のグラミー賞アルバム部門はBECKが取りましたね。
kanyeがまたいろいろ言ってましたが妥当じゃないかと。kanyeとBECKの面白いやりとりは
他のサイトに譲ります。

僕はずっとspotify で聴いていたけど、日本に帰ってからアルバムを買ったクチです。

アルバム名は「Morning phase」
名前の通り、休みの日の朝の何か得体の知れない希望に満ちたようなアルバムです。

 

 

 

久々のBECK、前回のアルバムから確か6年近くあいてのリリースでした。

今回のアルバムを通して思うのは
「朝露にまみれた草の匂いがする、まだ少し肌寒い朝に目を覚まして、その中でコーヒーを飲んでる時に聞くアルバム」
でしょうか•••。

これを好きになってしまうのは、僕の最近の音楽的趣向が少しずつ変わってきたのかなって思います。

 

以前にこのアルバムを聴いていたら、ひどく退屈な音楽だなぁとおもっていたと感じます。要するに昔の僕が重視していたのはある種のスピード感だったんですよね。あとは強烈なメッセージ性。

GREENDAY がAmerican idiot を出した時、僕が衝撃を受けたのも上記の2つがあったからでした。
アメリカを代表するロックバンドが「馬鹿なアメリカ人」なんてアルバムを出すと思わなかったから。

そこに垣間見れる、ブッシュ政権への批判とか、アフガン戦争における矛盾や利権構造などが
このバンドの音楽を通して朧げながら、見えてきたんです。

ニュースよりも鮮明に。時に音楽はそのようなことも教えてくれます。
むしろ音楽というのは、出発点が社会に対する不満。。
人種差別などから始まるものも多いですから、必然的に見えてきやすい部分も多いと
思います。

音楽に対する聞き方みたいなものはないですが、そのような背景なども一興です。

しかし歳をとるに連れて少しずつ変わるものもあると。
もちろん今でもGREENDAYは大好きですけど。

 

 

BECKに関しては音楽性も良し、またジャケットも良しです。最近のCDジャケットって昔よりビビビッてくるものがなくなってしまった気がします。

ただ、今回のBECKのはCDの中に入ってる音楽、ジャケット、タイトルと3つが折重なり絶妙なハーモニーを奏でています。

そして、日本の夏フェスのラインナップが発表されました。
今年はかなりのいいメンツが揃っていますが、BECKは来ません。

僕はフジロックのあの山の中でBECK聴きたかったなぁ。

youtubeのリンク貼っておきます。

朝に是非。

BECK Morning

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Feb 9, 2015

村上春樹

村上完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。

と、始まる小説を手にした。

 

 

今まで結構な数の本を読んできたと思う。歴戦の読書家には勝てないけれど。今まで村上春樹を読んでこなかったのは、僕が捻くれ者だからだ。

 

新しい本が出版されれば、本屋に長蛇の列をなし、いつも賞レースに絡んでくるかニュースに出てくる。

はっきり言えば、そーゆう事が嫌いで「ハルキスト」なんて言葉を聞いた日には日本を憂いたりもした。

ただ、意外な所からその名前が入ってきたりする。

Skype英会話をしてる世界一周中の先生からとか、僕と一緒にラジオやってるモアイ王子まで。

そんなに聞くなら、選り好みしないで読んでみるか!
ということで、手に取ったのは「風の歌を聞け」だった。

ふむふむ。なるほど。
たった150ページほどの本なのですぐ読み終わった。

 

 

 

 

 

読後感

 

僕が感じたこと、

それは限りなく透明に近い作家なんだなと思った。

本を読んでるのか、映画を見てるのか、はたまた人の話を聞いてるのか、ラジオを聞いてるのか、何かをやっている時必ず、人は「それをしている」という意識を持ってやっている。

だけど、村上春樹の本を読んでいるときは、これが本を読んでいるのか、なにをしているのかあまり意識をしなかった。

ということは、透明に近いんだと思う。

そして文体が少し変わったのも、「風の歌を聞け」を読了してすぐに、これを書いているからだ。
もう、恐らくこの文体では書くことはないだろう。
そうとも言い切れないけれど。

無意識にさせるということは、恐らく一番難しい。
無意識の前に立ちはだかる意識はかなり多くの入り組んだ道があり、
その迷路を抜けないと無意識のにはアクセス出来ないと思っている。

何をやるときも、人は必ず何かを考えているから。

なんとなく、村上春樹が好きだっていう人の気持ちがわかったような気がした。

あーゆう浮遊感というか、「今自分のいる地点を確かめながら見る本」ではなく、「自分のいる地点から空を見るように読む本」なんだと。

なんだか、訳わからん感想文になってしまったけど。

個人的には別に凄いとかそんな風には感じられなかったけど、ただ、なんとなく恋しくなって、ふとした時にペラペラとめくってしまうかもしれない作家だなと思った。

文責:石渡航平

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Feb 3, 2015

動画について

滝

動画というメディア

今のメディアは写真メインであると思う。

一時期日本でもVineなどの短時間の動画をアップできるアプリが話題になったけれどインスタグラム程の認知度を得ることはなかった。

その理由は恐らく「早すぎた」からだと思う。
以前スティーブジョブズがタブレット端末を「早すぎる」と言って少し待ったように早すぎるとダメになるものもあるみたいで。

だからなんでも最先端を行っててもいいことづくめでもないと。

ただ、これからは恐らく動画の時代がやってくると感じる。

動画というのは感じやすい。
ただ、なぜ今まで写真一辺倒だったかというとガジェット自体が追いついていなかった感は否めない。

しかし今、Panasonicのデジタル一眼レフのGH4を筆頭に4K動画などを撮れるカメラも出てきた。
そして5KMacなどモニター類も追いついてきていると思う。
問題なのはそれに「感じるか」だと思う。

勿論現場で感じる深さよりは浅いかもしれないけれど、ある種動画というのは一番「視点」に近い。

僕らがいつも見ているのは写真ではなく目で捉えている「動画」だと。

 

万物は流転する

枯れない木がないように
腐らない果物がないように
死なない人がいないように

止まっているものなんてこの世にはないと思っている。
動かないものはない。まず「時間」自体が動いている。
時間という概念があるからこそこの世には止まっているものはないと思う。

写真は「切り取る」ものだ。その瞬間、時間を切り取り、そして残す。

ロマンがあるのはそこなんだと。

人間は時を止めれないし(空条承太郎とDio以外は)そして皆それを願う。

過去に想いを馳せるのも、その時の「時間」が良かったからだ。ただ時間は進む。

もちろん写真は最高だ。
ただ、これからのトレンドはきっと動画になるであろうというお話。

 

 

僕ら人間はいつも「人間らしい」物を求めている。
人工知能然り、ロボット然り。。

 

 

ただ、まだその時代は早すぎる。
常に前へ進むことと同時に過去に撮った「進んでいる」動画というモノ。

そんなこんなで、一眼レフ欲に火がつき、調べてる時にこんなことを思った今日この頃。

 

 

 

石渡航平

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Jan 28, 2015

music category  音楽のジャンル

カテゴリー

音楽というジャンル

 

 

 

昨晩、夜タモリを見ていたらタモリさんが言っていました。

ジャズってジャンルはない。ジャズな人がいるだけ 的なことを。

これはまさに、同感なんです。
昨今、音楽は様々なジャンル分けが行われていてもう何が何だかわからんくやってます。

前回の音楽系のエントリーで、大きな括りで紹介したのもそれに対するアンチテーゼとでもいうのでしょうか。

今の音楽は色んなものの集合体として成り立っていて、この人はこのジャンルとかこの音楽は四つ打ちだからこれとか、そんなもんあってないようなもんだと思うんですよね。

細かなジャンル分けは、要するに音楽ライターが俺音楽ライター感を出すための一種の道具になってるような気さえします。

この細分化されたジャンルをきちんと区別出来て語れる人は一般のリスナー層にはなかなかいない。というか、ほぼゼロと考えてもいいんではないでしょうか。

 

 

 

 

というか、今のリスナーの中に聴いてるジャンルに対して気にする人っているのかも怪しいところですが。

確かに、ブルースだったらこのスケールとかこのコードとかあるのかもしれません。
そして、そこから語られる文脈もあります。

ただ、今その文脈が多様に変化しすぎてもう始まりを追うのが難しくなってしまっている。

なので、この際もうそこにこだわる必要がないと思うんですね。
勿論、歴史的背景などは掘ってて楽しくて仕方ない事だとも思いますし、僕もよく調べたりして楽しんではいます。

ただ、そこは個人的趣味の範囲でやるべきであって、知らないとか詳しくないとかそんな感じで押し付けがましくいう事じゃない。

 

 

 

 

そして、その異様にも思えるジャンルや知識的なものが音楽を聴く人に対してのハードルになってしまっている感も否めない。

聴くならここは知るべきだとか。
僕も昔は厨二病を患わせそんなことを押し付けがましく言っていた時期がありました。

でも、それを話したところで誰も聴いてはくれなかった。

こうしてBlog書くのもラジオを始めたのも誰かに新しいものを知ってもらいたく始めたのもあります。

今新興系のWebメディアにはbuzzらせることを目的にしてるメディアが沢山あると思います。
でもそれは本来の目的を見失ってるのではないのかなんて思う時があります。

誰かに少しだけでもいいから自分のいいと思うものに触れてもらって行動にしてもらえたら有難い。そしてみんなが少しずつでも視野が広がり楽しい人生を送ってくれたらいいな。
なんてところからスタートしてる事が多いのではないかと。

話が逸れました。

 

 

 

なので、音楽のジャンルなんてもんは聴き手委ねられるものであって決め付ける時代は終わったんじゃないかなって思うわけです。
だからこそ、冒頭で触れたタモリさんの意見
「ジャズってジャンルなんてもんはない。ジャズな人がいるだけだ。」って言葉に回帰するんじゃないかなと。

そんなことを思ったのでありました。

石渡航平

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Jan 28, 2015

インターステラー

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インターステラーを見て。

 

 

 

 

どうも。日本は選挙戦真っ只中。さぁて、どこへ入れようか。

最近Twitterによく選挙CMみたいなのが出てきます。もうTwitterやめようかな。

気を取り直して、最近公開された映画インターステラー。先日見てまいりました。

なんとも!僕はこの映画の監督、クリストファーノーランが大好きでして。

メメント、インセプション、ダークナイトシリーズ、などもう僕のツボにはまりまくりの映画ばかり作る人で。

この人の凄いところは、「空間認識能力の高さが半端じゃない」ところだと個人的には思います。
わかりづらいのでもう少し噛み砕いて。

今の時代は、CGで大概のものは作れる時代になりました。だから割と素人でもそれなりの練習や技術を学べばそこそこのいいもんは作れたりすると。

でも、クリストファーノーランはもはやその百歩先を行った空間設計をしていて、みるたびに驚きを与えてくれるのです。

例えばインセプション。あれは夢の中に侵入し人のアイデアを盗む産業スパイ的な人たちの話なのですが(勿論脚本も面白い)斬新なのは夢に階層を作り一階層目と二階層目の時間の経ち方が違う設定。
そして、第二階層の夢は第一階層の影響を受けると。

 

 

その設定があるために、空間が色付きまさに夢のような空間が生まれると。(夢なんだけども)

これはカメラワークにも出ていて、今までこんなカメラワーク見たことないなーってことがこの人の映画には多かったです。

もはやこの人の映画は自らの空間設計を見せるために脚本を書いてるのではないかという疑いたくなる程なんです。

そして、一つ一つの映画には必ずと一貫したテーマがあるという。

愛、正義、過去、未来、など、考えさせられることが多いです。

 

 

ダークナイトではこういいます。
「人は何故堕ちるのか。這い上がるためだ」と。

必ずと言っていいほど、映画の随所にパンチラインを入れてくるので見終わった後にしっかり考えさせられるのです。

そして、本題。この大好きなクリストファーノーラン監督の最新作がインターステラーです。

サラッと触れますと、まぁ地球が食糧難に陥り最早住むには適さない惑星になってしまった。
そこで、人類が住める惑星を探しに行こうっていう話です。もーかなりザックリ話したのは是非見て欲しいからなんですが。

そのため宇宙に関する問題がかなり出てきます。相対性理論や超絃性理論など。

そして、むっかし読んだ重力とは何かという本ではうっすらですが重力という力はどうやら未だ全然解明されてない力と書いてあったというのを思い出しました。

そう。この映画も重力というのが割と重要なテーマになっていたりします。

そして、愛ですね。愛は時空をも超える力がある的な意味もあると。

重力と愛という感情はどこか似てるようなもんがあるというテーマが流れているような映画でした。

あと、この人の映画は音楽が素晴らしいです。
デヴィッドフィンチャーもそうなんだけど(最近のデヴィッドフィンチャーの映画はNINのトレントが担当)僕が好きになる監督は音楽の使い方が素晴らしい人が多いです。

 

 

デヴィッドフィンチャーは程よいのか良くないのかわからないくらいの絶望感を出すのが上手な人です。

ただ、両者ともやはりキリスト教という観点を元に作ってることも多いので多少のキリスト教への理解があると更に面白く観れると思います。

みなさん、是非大きなスクリーンでインターステラーを見てみて下さい。

僕はもう一度、重力とは何か。
を読み直して見ます。笑

石渡航平

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Jan 28, 2015

2010 music

ゲーリー

このゲーリーが僕に60over 更に様々な場所ででバスを釣らしてくれたアイテムです。
4inc fish arrow。 こいつの持ち味は水に落ちていく時のアピール度。自然で尚且つ素晴らしい動きをします。 そして定番のわかさぎカラー。ぜひわかさぎがいる湖では使ってみてください。独占禁止法はあかんですよね!!!

 

 

 

 

 

 

2010年代音楽シーンについて

という企画を某雑誌で行っていたので、僕もそこに乗っかってみようと思います。

僕はかなり音楽が好きでジャンル問わず様々な音楽を聞きます。

なので、最近昔に比べ変わったことという観点でお話ししたい次第でございます。

まず、ここ四年くらいでEDMがメインシーンに上がってきて、その後軽めのEDMから民族音楽、更に太い音路線に変わってきたようなそんな変化があったように感じます。

EDMというと、デビットゲッタなどが有名どころとしてあがると思います。

この人の音は基本アゲアゲな感じで色んな人をフューチャーして作ってる感じですね。

メロディーラインも万人受けしやすい、これまでとっつきにくかったクラブミュージックを一般に落とし込んだ感じでしょうか?

 

 

その後の僕の中での大きな変化というか、多分ここ数年で一番聞いたのはKanye のイーザスです。
このアルバムから色んなことが起こり始めたような気がしてならんようなそんなような。

まず、太く重い音をベースにそこから這い上がって光を見せていくような構成とか全てにおいてすげー!って思わせるアルバムでした。逆に一点の光もない、鬱構成の曲もあるのですがなんというか素晴らしい出来。

そのときらへんからエレクトリックと生音を合わせていくような、そんな形に少しずつ音楽シーンが変わっていきます。
その変化を促したのはカニエであり、トムヨークであると思うのです。

トムヨークはAtoms for peaceというレディオヘッドとは別バンドでそれを行っていました。元となるのはトムが以前発売したジ•イレイザーというソロワークなのですが、それはほぼ電子音楽で、それを生音に変換させてライブをするのがAtoms for peaceだったわけです。

そして奇しくもカニエと同じ年にAFPのALBUMが出ます。

そのような経緯もあり、生音プラス電子音楽というミックスした構図が出来上がってきました。
それが大体2013年の初頭でした。

それと並行して民族音楽への接近を図るバンドも出てきたわけです。
それがNYから出てきたヴァンパイアウィークエンドらのバンドでこれもムーブメントになります。

 

 

僕はどちらも好きなのですが、いかんせんそれをやってる日本のバンドがなかなか見つかりませんでした。(というか日本はあまり聞かない)
でもそこで見つけてすげーなぁと思った日本のバンドがありました。

それがHIATUSとくるりでした。

この両バンドは僕的には日本のシーンを牽引していってると言っても過言ではないと思っています。
両方ともかなりメジャーなので他にもたくさんのいいバンドがあると思いますが•••。

ただ、そのHIATUSはもとエルレガーデンの細美氏がやっているバンドで若干の崇拝者がいるみたいな感じなんですね。もう音楽が好きというよりも本人が好きみたいな。

そんな形でも勿論悪いことだとは思いませんが、時にロックミュージシャンは神格化され何をやってもいいというような風潮があったりすると思います。

僕は人間性もありますが、音楽は音楽で勝負だろ!というようなとこがあるのでその人本人よりもその人が鳴らしてる音楽の方が重要だと。

 

 

 

 

その観点から見てすげーと思ってる次第です。

昨今のコード多用した日本のPOPソングはなんとなく嫌いで。

まぁそんなこんなで今の音楽シーンは電子音楽プラス生音、そして民族音楽への接近。
ここがかなり今の音楽シーンの重要ポイントな気がします。

この先、どのようなムーブメントが来るかはよくわかりません。

でも今僕がよく聞いてるのはクラシック系です。ロバートグラスパーとかフライングロータスとか。なんというか、JAZZとかそこらへんの音楽を現代のHIPHOPとか掛け合わせたり、ループ多用したりみたいな。。

というか、そもそも僕はJAZZというジャンルにかなり疎い。僕がオーストラリアでお世話になった夫婦がジャズ歌手とトロンボーン奏者で何度かLIVEに足を運んだりしたけど、ジャズのスタンダードとかなんたるかというのははっきり言ってわからない。
でもわからないけど、いい音楽だっていうことははっきり感じたわけです。

いい音楽って無条件に心に刺さってくる。そのジャンルやら歴史とかそんなもんほっておいてただただ刺さる。

絶対みんな経験があると思います。

ビートルズに誰がいるとか誰が生きてて死んだとか、あの時代の背景など知らなくてもスッーっと入ってくる音。

五感に直接ひびいてくるっていうんでしょうか。そこから少しずつJAZZへの興味が湧いてきて。

ジャズはオーストラリアの若い子とかの間では少しダサいとか時代遅れだということも聞きました。

でも、ただ、かっけー音楽だだったのを覚えています。

なんというか、心地いい音楽です。

そこらへんを再定義して、現代風に落とし込んでいるのがフライングロータスでありロバートグラスパーであったりすると思うわけです。

そういえばカニエのアルバムにもニーナシモンが入ってたり。

なんというか、今すっとフライングロータスとかの音楽が入ってくるのは現代を通したフィルターで過去のジャズを見つめているからであると思います。だからわかりやすいし入っていける。

目線が今の若い人間と一緒という。
というか多分音楽的にも似たようなシーンを通ってきた。

だからその視点を通してジャズを見れるのはわからない若者にとって間口が広がって敷居が低くなる。

だからこそ聞けるし新しいけど新しくないみたいなそんな心地よさがある。

ちょっと話が逸れてしまうかもしれないんですが、目線の高さが同じとか角度が同じっていうのは共感を呼びやすいまた一つのファクターなんだと思います。

でも裏を返せば、ジミヘンとかビートルズとか時代を変えたあの時の時代の全く新しい未知の音楽はここ何十年も産まれてなかったりする。
だからこそ、離れてしまっていった人も多いだろうし聞かなくなってしまった人もいる多いのかもしれません。

 

 

 

でも音楽は素晴らしい。

しかしこれからの音楽シーンがどのように変わってくのか楽しみでなりません。

 

 

石渡航平

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Jan 28, 2015

about OKINAWA

沖縄

それはそれは低く上空を飛んでいたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

先日、沖縄に旅行行ってきました。

まぁね、あそこは最早景色も雰囲気も日本ではないから本当に素晴らしいとこなんですよね。海もキレーで俺は沖縄の人も大好きであります。

でも、俺ら本土の人間が知らねーことがたくさんあって。そんなことを少し見たからちょっと書きたいなって思います。

レンタカーのアクアで高速道路を飛ばしていた時の事、yナンバーのクルマが合流から無理矢理入ってきました。

あぶねーなこいつ!と思っていたらそれは駐在米軍基地の人間のクルマでした。

あーそうか。沖縄には米軍基地あったっけかっていう印象しかなくてyナンバー自体も知らなかった。

そのあと下道で那覇から万座毛とかそっちの方行ってる時にも基地の前通ったりして。ホテルも恩納村の方だったので妙に基地が気になっていたわけです。

そして街をブラブラしてる時、一機の飛行機が低空飛行で上空を飛んでいるのを見たわけです。

 

 

 

そこで思い出したのは沖縄国際大に落ちたヘリのことでした。

帰ってきて、そっち系の文献も読んで沖縄について色々調べて見ました。

 

 

そもそも、沖縄にはアメリカ人居住地があります。勿論ですが。
ただ、その上はヘリ演習の軌道にはなっていない。じゃあ米軍のヘリはどこを飛んで演習してるの?

それは日本人が、沖縄の人が住んでる家の上を低空飛行してるわけです。

それはそう。アメリカ本国では居住地の上を低空飛行してはいけない法律があってそれはしっかり守られてる。

しかし米軍は日本ではアメリカ人居住地の上は飛ばなくても日本人の居住地の上は平気で飛んでいる。だからこそ、沖縄国際大の事件も起こった。あれは起こるべくして起こってしまった事件な訳だったんです。

それは、日本ではそんな法律がないから。と言われたらなんとも言えない。
米軍の連中はアメリカでの法律を守って自国民の上は飛ばないと。

そんな話、あって言い訳ないっしょ。

じゃあ、沖縄の領空は誰のものなのか。

お気付きの通り米軍のもののわけで。

ちなみに東京もなんだけど。東京羽田から西の方に向かう飛行機は、一回千葉の方を抜けて急旋回して抜けるのを乗ったことある人もいると思います。

 

 

 

 

もうね、こんな話からして基地移転とかそんなレベルではない。

そして、基地移転の話は現政権の自民党は出来ない。
なぜかって自民党はCIAに政治資金を援助してもらって出来た党な訳でアメリカには頭が上がらないと。

全くをもって負の連鎖なんですよね。

ぼくが沖縄行った時、知事選の演説が各地で行われていました。
どの人も基地移転の話しは本当に昔からある。

でもね、まず基地移転とかの前に最低何メートル以下は飛行出来ないとか、山間を抜けるルートしか飛行出来ないとかそーゆう話を日本政府はアメリカにするべきじゃないのですかね。

戦後GHQが入って、冷戦の砦に日本をしたと。
その時に押し付けられた法律が未だに残ってる。

9条の解釈変えてる場合ですか?
秘密保護法可決させてる場合なの?

守らなきゃいけない事はもっと違うところにあるはずだと思います。

その時に決められた法律の中に、どんな場所であろうとアメリカ政府の財産について日本政府は差し押さえたり調べたりすることはできないというのがあります。

だから沖縄国際大の時、放射性物質が漏れたかもしれないという可能性がある中で日本の警察、政府は現場にも入れなかったし本当に何も出来なかったわけで。

ササッと米軍内で処理され、当事者は不起訴処分になり真相は闇に埋もれて行きました。

あんな綺麗なとこにそんな不条理がたくさんあって、ただ基地移転といっても基地があるからこそ雇用がある人もいるだろうしそう簡単な問題じゃないことはみんな知ってると思います。

憎むべきはアメリカ人ではなくて、でかい公約掲げて何もしない日本政府だったり。

これで何をするって話でもなくて、これから新しく日本を担っていく僕ら若い世代が、まず知ることから始めて行くのが大切なんだと思います。

まだまだ自分の国なのに知らないことが沢山あるからこそ知っていく必要がある。

そんな一例として本土の人間が大好きな沖縄のこと、少しでも知れたらいいなと思いました。

 

 

そして、上記の法律の「どんな場所でも」
というくだりは、日本全国だということも。

石渡航平

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Jan 28, 2015

campaign against a nuclear power

紅葉

写真は桧原湖。紅葉の美しい。

 

 

 

 

 

帰国してから何度か福島に行った。

 

別にボランティアでもなく、唯釣り旅行にである。

原発問題にはたくさんの見解があって、日本ではあまり被曝だのというのは皆なんとなく控えてる様子だったり。

今の日本のアングラロッカーな人たちの中でのトレンドは脱原発を声高に叫ぶことだったりもする。

それがいいことか悪い事は別として問題は日本、いや世界の人たちに
福島=Fukushima=原発
という価値観が生まれてしまったことにあると思う。

放射線というのは目に見えない。

 

 

 

 

よく釣りをする秋元湖や桧原湖に立て看板があり、ここでのワカサギ、鯉などは原発問題により出荷停止になっています。と書いてある。

僕の見解は、別に逃げる人は逃げればいいしそうでない人はそれでいい。
特にどっちがいいという事は思わない。
日本のメディアは当てにならないから、考えるのは個人であって他人ではない。

統制や思惑によって隅にある記事で感じる事ある人もいれば、それで出てる放射線は少なくなったと思う人もいるだろう。

原発によって様々なことに気づいた人もいるだろうし失った人もいる。
人それぞれ置かれた環境は違うし考え方も違う。みんな違ってみんないい。

それでいいじゃないか。と思う。

そこを踏まえて個人的には、もう政府は投げてる感じにしか思えなくて本当いつになったら収束すんだ馬鹿野郎と思う。
ちゃんと制御出来ないものを産むべきではない。それは子供もペットも原発も同じで変わりはない。

子供の面倒を見きれなくなって捨てる馬鹿親や、ペットの面倒を見きれなくなって保健所に持ってく人と国は同じことをしている。

 

 

 

個人では命に対して負う義務の範囲は少ないのかもしれないが、国はそうではないだろう。

 

ちゃんと責任が持てて管理が出来るなら産み出せばいいし、それが無理なら違う方法を考えるべきだ。

日本には大小沢山の川があるから誰も入れない草だらけの川岸に小さな水車でも設置しておいていろんな川でそれを行えば、ソーラーと風力と水力でまかなえなくもないと思う。火力も地熱も然り。

原発で使っているお金を廃止して、政府が手当として各家庭にソーラーパネルを置く費用として出せば少しは変わるんではなかろうか。

 

 

珊瑚の問題とかよりもやるべきは原発のニュースだろうに、しかしニュースは肝心なことをやらない。

世界に嫌な意味で名前が広まってしまった福島県。それはそれはとてもいい県なのをご存知だろうか?

会津産のコシヒカリはとても美味い。

そーいえばよく行くペンションのオーナーが、銀座久兵衛のシャリは福島産のコシヒカリだと言っていた。
ほほう。それま頷ける。
ちなみに1俵六万円。だそうだ。

野菜、水、温泉など様々な物が福島にはあって。

地物の味を生かせば、簡単に美味しい飯は作れる。そう思わせてくれたのが福島の食べ物達だった。

 

 

 

ぼくは福島から沢山のものを教えてもらった。
スモールマウスバスも、紅葉の綺麗さも、喜多方も街も、野口英世の産屋も、泉質の良さも、野菜のうまさも、そして原発のそれも。

とにかく、素晴らしい県で日本の大事な物が沢山詰まった場所だから。

しっかり収束させて、一刻も早く何もなかった頃の福島県に戻って欲しい。

仮にそれが無理ならば、ちゃんと言うべきであって隠してはならない。

見えないもの。幽霊とか奇跡とか気持ちとか、そーゆうものを可視化することは浪漫であり面白い事だと思う。

けど原発は浪漫じゃない。

 

実際、福島の桧原湖の紅葉は綺麗なのに看板には原発の文字。

オリンピックでおもてなし
日本の報道に裏はあり

地方創生
憲法改正

 

 

しっかり先を見なければ、もうこの日本じゃ生きてけない
のかもしれない。

石渡航平

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Jan 28, 2015

my opinion

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写真は美ら海水族館。海の中でこんな感じでお魚がいると思うとロマンを感じずにはいられない写真です。

 

 

 

 

 

 

物を大事にするという事の奥にあるもの

基本的に僕は物持ちがいいと自分では思っています。
友人から14歳の時もらったベルトを未だにする事もあるし(今は26歳)、最初に買ったブーツは未だに毎シーズンソールを直してブラシで汚れとって履き続けています。

財布を失くしたことはないし、財布も物凄く欲しいものがなければ6、7年は使い続けます。

なんでそうなのか。
それはひとえにリスペクトからきています。

 

 

 

今回はそんなお話。

長く使い続けられる物•••

それは使ってみなければわかりません。ただ、今までの安物買いの銭失いの経験からなんとなくディテールなどを見ると大体わかるようになりました。

僕はどっちかというと自分の使うもの、要するに身に付けるものや周りに置いとくものに対して割とこだわりがある方です。

 

 

 

 

そのこだわりとは

作り手の暖かみが少しでも伝わってくる物。
でして。

これは非常に大事で、これがあるからこそ大切に使おうと思うポイントでもあります。

職人が手作りで作る、財布やメガネ、靴、時計、アクセサリーなどなど様々なプロダクト。

そのような、暖かみというかこだわりみたいなものは品物だけではなく、お酒や食べ物にも深く関わってきます。

僕の何かを選ぶ基準の中で大切なモノ。
それは「なぜ、自分がこれを選んだ説明が出来る物」です。

無論!僕はなんの職人でもありませんし、アツく語れるほど造詣も深くありません。イチ素人の戯れ言みたいなものなんですが、いかんせん自分の中では非常に大事なのです。

なんでかって「楽しい」からです。
無駄に深く掘って様々なことに思考を膨らます事は凄い有意義な時間だからでありまして。。

そして、ここでの一番重要なモノは「リスペクト」なんでございます。

何かをクリエイトする、創造する。
物、お酒、食べ物、すべての自分の選んだものを説明出来ると同時に作り手に対するリスペクト。これがあるからその分の対価が出せるしそこらへんは惜しまない。

モノを大事にするとか、こだわりを持つとかその大前提として揺るぎないそれが根っこにある。

革やメガネ、靴、酒など世に送り出される製品群は長い時間をかけてつくり出される。
鞣し•••、セルロイド•••、ラスト•••、コメから•••

世の中にあるモノはたくさんの工程を踏んでこの世に出てくるわけで、しかし、世の中にはモノに溢れてしまうようになりました。

日本には多くの良い職人さんがたくさんいます。

僕はオーストラリアに行く前、長野のぶどう農家で一ヶ月半ほど働かしてもらっていてそこでどれだけ地味な作業に手間暇かけてるか現場で学ばせてもらいました。

今は大量消費、大量生産の時代で使い捨ての世の中で。

生産性を上げるには人間を排除する事だ。

とどこかの人が言っていたけれど。

 

 

 

そんな時だからこそ一つのものを大事に使う。言い換えれば育てて行く。

そんな心意気が大事なんじゃないかなって思うのでした。

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