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Jan 26, 2015

about japan

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日本帰国

どうも。
二日前に、帰国しました。

二日経った今、栃木県は那須塩原に温泉に浸かりにきております。

まぁなんといいますか、2日間で日本について感じた想いなどを書きたいなと思っております。

題しまして、「オーストラリアにいた男が日本について2日間で感じた事」
なんかWebメディアの「iPadを一ヶ月使って思った事」みたいな感じになっちゃったけどまぁそんな感じで軽くお聞き下さい。

其の一
成田に着いてすぐ感じたのは湿気ですねぇ。どうやら日本国民が老けにくいのはこの湿気と関係しているらしく、乾燥している国はまぁ皺やらなにやらが出来やすいのらしいのだけれど、この湿度だと老けにくいのも頷ける感じでございますね。

しかしまぁ、ジメジメというのはあまりいい気はしないかなって感じです。だからみんな怖い顔して歩いているのか?謎だ。。。

其のニ

野心は隠すのがベターか?

なんとなく思った事なんですが、まぁ海外で感じた事。或いはそのような物を興味ある人にはとことん教えてあげるけど、無い人は本当にないからただ話してもウザいだけなのかなと。

これって、結局はどの話でも言えるのかなって。興味ある人には経験者からすると凄く話したくなる。でも無い人には話てもしょうがねぇかなって思っちゃう。
だから日本で様々な情報を集めて更に知識を深くに落とし込みたいのならば、何事にも食らいついていく姿勢が大事なんだなと実感。

なんとなく外国人って話を聞いてくれる姿勢が凄くいい気がした。
なんか、今まであまり気にならなかったけどこっち来て感じた。

なんか話を聞く空気を流すのが上手いと言うか、よーし話すぞ!って雰囲気にさせてくれるというか。なんかみんな知的好奇心が旺盛なのかどうなのかわからないけれど聞き手に周るのが自然。
しどろもどろEnglishでも話す気にさせてくれる優しさがある。

それこそ、野心を話すのも、イイね。出来るよ。それはいい案だなぁ。とか言ってくれるからよーし!って気待ちになれる。
でもなんかこっちで野心を話そうもんなら ふっ みたいな過去のバックグラウンドばかりを見て否定から入る人間が多すぎるような気が。

ふつふつと内側で燃え滾る闘志みたいなもの。それと並行して決して折れない鋼の芯が必要なのかもしれないと思った。

其の三

お客様は神様です。か?

携帯復活させにaushopに行ったところ、もうね。接客が凄いね。
懇切丁寧に笑顔を振りまきながらやっててね。
これさー。いいよ。同じ人間だよ?そんなんでストレス貯めんなよ。
そんなに神様接客してるから神様だと勘違いするバカな客が世間に溢れるんだろうに。

そしてその神様だと勘違いしてる客を接客しているが為に自分も客の時は神様だと勘違いして•••という完全な悪循環なわけですよね。

Hi! How are u?? くらいの軽い気持ちでやって下さい。でないと日本色に染まってしまいます。まぁ絶対に染まらないけどね。

いいですか?高級旅館ならわかります。それも含めて高級旅館というブランディングなわけであるからね。
でもね、牛丼、ラーメン屋Levelでそれやっちゃうとダメでしょ。勘違いなアホ製造機だよそれは。

フランクに行こうよ。そうですねぇ、田舎の駄菓子屋位の感じで。

じゃないともっとアホな国になるね。
良さとも取れるけど、これはよくないよね。

地元のヤンキーみてーな、アホな奴ばっか生まれるよ。で、外でたらなんもできねーと。威張ってられるのは地元だけですか?日本だけですか?
世界は広いよ。小せぇ。本当小物ばっか。

その四、日本の田舎の匂いは最高だ。

なんだろう、これって言葉にしにくいんだけど、言うならば
「早朝四時に僕は湖畔のコテージで目を覚ました。まだ日の出前の薄暗い道を、湖に沿って歩く。そこで聞こえてくる牛蛙と蟋蟀の鳴き声と、水面を揺らす微風。僕は突然、立ち止まる。湖に魚が跳ねたような気がした。事実、そこには波紋が広がっていた。それを見ていると、香ってくる、露にまみれた、雑草の匂い。気付くと靴がしっとり濡れていた。」

的な感じです。幼少期の思い出だけど伝わりますかね?

今日、ふと源氏蛍を田んぼまで見に行ったんです。この時の景色と、匂いが日本のそれに似ていて。

余談ですけど、源氏蛍は光がつよくて、平家蛍らゆらゆらと淡い光を放ちます。

日本帰ってきたなって皮膚感覚で実感いたしました。東京でもこの匂い嗅げるけど、やっぱ田舎のがベターだね!

其の五、温泉は最高だ。

いやー日本人代表みたいな名文句でございます。世界に誇る温泉文化です!
ここは多くは語りませんが一つ、タトゥー入ってても入ることの出来る温泉が広がりますように。

世界の人に温泉の良さを知ってもらう為にはまずここから!
もう今更タトゥーに恐怖心なんてないでしょーに。

寛容になればいいなぁ。

其の六、良さげ(お高め)な旅館でもWi-Fiがない。

これ、まぁ正直日本在住、あのアホみたいなバカ高い費用で携帯を使っている日本人にはあまり関係ないかもわかりませんが、これ、海外から来た人かなり問題じゃないのかね?

かくいう私も其の一人でiPadminiを持ってきたのですが、Wi-Fiがない。
いやセルラー版買ったんだけどまだMVNOSIM業者を選定中でSIM買ってないもんだから困った困った。

もうこのiPhoneの小さい画面で記事読むのは無理くさいですし。

そもそも、僕のパソコンには有線LANの差し口さえありませんよ!
Wi-FiOnlyですよ!

つか時代の流れはそうでしょ?間違いなく有線LANなんて向こう五年、十年以内には絶滅すると思います。

さて其の時には•••日本のすべての安宿から高級旅館までWi-Fi設備が整って居ますように•••。。

これってオリンピックの為にスタジアムとかよりも急を要する問題だと思うのだけど。

まぁその気になればすぐ出来るのか。信じています。JAPAN

其の六 便座が低い

成田着いて久々のマイルドセブン(現在名メビウスだがなぜこんな名前にしたのだろうか?正直ださ過ぎてコンビニで言うのも恥ずかしい。どうやら全世界販売する為にマイルドっていう表記がまずかったらしいが、それにしてもオーストラリアでは街のタバコやでは見たかったし、もっといい名前あっただろうに。しかし、日本人の映画の邦題とかのネーミングセンスはなさ過ぎて恥ずかしくなる)

を吸いましてふと催したわけでございます。
よーし!JAPANで初のトイレじゃー!!
と、気合いを入れてトイレへ。

ズボンを下ろし座ろうとしたところ、なんというか座るまでの時間が長くてびっくりした。

それからというものどうやら背が伸びたような感じしてなりません。

さらにたくさん感じることがあるのですが、まだ咀嚼出来てないのでそれは次回に。
では!

あっ、あと最後に一つ 宮尾節子さんの「明日戦争が始まる」という詩を引用させてもらいます。

まいにち
満員電車に乗って
人を人とも
思わなくなった。

インターネットの
掲示板のカキコミで
心を心とも
思わなくなった

虐待死や
自殺のひんぱつに
命を命と
思わなくなった

じゅんび

ばっちりだ

戦争を戦争と
思わなくなるために
いよいよ
明日戦争が始まる

石渡航平

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Jan 25, 2015

thirst

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今回はW杯雑感でもかこうかなと思いマフ。

個人としては初めての異国でのW杯ということでこんな機会あまりないだろうと楽しんでおりまして。

 

 

 

 

 

何個か感じたことを書きたい次第でございます。

とりあえずオーストラリアは移民国家でもあるので、色んなとこで色んな国の人が見てるのは当たり前でチリ人ととオーストラリア人が一緒に観戦してる風景も珍しくはありませぬ。

まぁとはいってもあまりオーストラリアではサッカー自体あまり人気のあるスポーツではないから日本の渋谷の馬鹿どもみたいにあんな事態にはなりません。

そう四年前、恥ずかしいですが僕は渋谷にいました。若気の至りにしといてください。
経験者から言わせてもらえばお前ら大人しくみろと。

変な話、あそこにいるのは全員田舎者なんじゃないですかね。

 

 

 

 

メディアに色付けられた幻想の東京を信じて田舎から出て来て、またそーゆう連中が集まって出来た東京という作られた物の中で、東京に住んでるという実感を得る。

その中の一つの結果があの渋谷に朝っぱらから繰り出す連中であり、それを煽るメディアだったりするわけで。

もうね、外から見ると凄いわかるなーって思いましてね。

外から内を見るといいますか、正直帰国前になってこんな国帰りたくねーって思う事多々あるから恐ろしいんだけどもね。

そしてね、こんな渋谷の連中は置いといて(自分の友達にはいないことを祈ります。)

ブラジルがW杯をアゲインストしてるって話なんですが。

これってニッチ系の記事によく出てくると思うんですよ。それこそ、ソースありきの記事ね。例えばまぁ2ちゃんだのフリップボードやまぁいわゆるWEBメディアですね。

ただね、それを取り上げ過ぎてしまうもんだからみんながみんなブラジル人がW杯を来て欲しくないのだろうと思っている。

それこそこーゆうところから情報を仕入れてる人に限ってかなり重く捉えてしまって、そこだけの視点で物を語ってしまう形になりかねない。
もちろん、自分もないとは言い切れないところではあるんですが、意識的にそうはならないように書いてるつもりです。

僕の友達のブラジル人、ポルトアレグレってとこに住んでてまぁブラジルの中で比較的治安のいい場所なんですが。

これもね、WEBメディアの取り上げすぎなんじゃないかと思うんだけど
聞いてみたんです。どうなの?って。現場にいるローカルに聞いた方がいいかと思って。

 

 

 

そしたら確かにガバメントはW杯にお金を多く注ぎ込んでる。他にお金を使わなきゃいけない物がたくさんある。
でも、単純にブラジル人は全員フットボールは好きだ。

って言っててね。

だからね、一つの視点だけで物事を語ってあたかもみんながみんな反対してるみたいな書き方してるのってやり過ぎなんじゃないかって。思う訳でございます。

そりゃどこの国でも反対するやつもいればしない奴もいて、それはどこの国でも変わらずであって、そーゆう側面があるってだけの話だと思うから。確かにFIFAの要請も発展途上国にするには厳しすぎるとこもあると思うし。

でも観光客が増えて儲かる面もあるし、色々な面があることを忘れちゃならんと思うんですよ。

それこそ、世界は何個の層にも別れていて、様々な層で人が暮らしていて。

こっちにきて色んなものをみたら人種がどうとか国の問題とか簡単にこれだって言えない。Facebookで簡単にシェアできるような問題なんて世界には一つもない。

様々な状況、人、思想、経済、果てしなく複雑に入り組んでいて。

 

 

 

でもそれを知ろうとする意欲と言うか、新しい物を知って咀嚼して自分の意見を導き出すって行為こそが大事だと思う今日この頃なのでございます。

だからW杯って、サッカーだけを見るだけのものでもないと思って、今まで知らなかった世界情勢とか様々な事を考えるいい機会だと。

ちなみに大波乱の今大会ですが、僕個人としてはコスタリカがかなりいいとこまで行くんじゃないかと思っております。意外に快進撃続けちゃってあっさり決勝ラウンドでこけちゃうかもしれないですけどね。

何があるかわからないから面白い。

サッカーも人生も。

ってことで締めでした。

石渡航平

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Jan 25, 2015

bare foot

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メルボルントリップ

どうもご無沙汰です。
メルボルンに一週間ほど行ってまいりましてこのほどは感想でもかかして頂きたい所存でござる。

えーメルボルンと言いますと、オーストラリアの中ではファッションの街やら、流行の街やら言われていますが来るまではなんだよーそんなん大して変わらんやろと思っていたわけでございます。

しかし、実際来てみるとこれはまさにアートとファッションに溢れていて、ちょっとした小道に入ればすげーいいセレクトの服屋が合ったり、カッケーグラフィティあったり、美味しい珈琲屋、雑貨屋などなど。

そんでもってちょっとトラム乗って海沿いの街まで行くとこりゃなんてことか、のんびりとした空気が広がっていて程よくバランスがとれてるなと思ったわけでございます。

僕がこの一週間ほどの滞在で何をしたか?
観光地グレートオーシャンロードもペンギンパレードもどこもいってません。
ただひたすら、珈琲飲んで街行く人を眺めて、飽きたら海沿いの街、セントキルダ行って海ぼーっと眺めて芝生に寝て、パブ行ってビール飲んでただけで。

なんか本当、今までの自分の人生とか通り過ぎて行った様々な事を考えてました。

とくにセントキルダって街はなんか人をこう考えさすというか、いい意味でオーストラリアらしい、なんかシドニーのボンダイとかよりも全然好きになった街で。 本当ほっと出来る場所だった。
ここにこれて良かったって心から思える場所で。
こーゆう場所を世界に何個も作れればきっと人生何かに迷った時、助けてくれる場所なのかなって考えたりもして。

それを日本でもさがしてーなーって思いました。
今のとこ、候補は能登だけど。

今までの旅は時間が限られてて慌てて毎日動いてた旅で。人生で初めてこんな時間に余裕がある旅が出来た。

その日の予定なんて何も作らなくて、テキトーに気に入ったカフェ入って、テキトーに音楽聴きながらぼーっとする。

そうだな。

こんな時間が人生に必要なんだなってなんか心の奥で本当にわかったというか
言葉ではなく心で理解出来た!(jojo風)わけなんです。

忙しい毎日の中で限られた人生の中で無駄な時間はきっとないんだなって思えたから。それが見つけられてただけでも本当にいい旅だったなぁと。

 

 

 

 

日本に帰ったら田舎暮らしも悪くないなって少し思ってはいるけれど、やっぱなんだろうあの都会的なカツカツした感じも嫌いじゃないんだよね実際。
五年近く東京のど真ん中であくせく働いて過ごしてた日々とこっちで働くレストランの忙しさがどこかシンクロして懐かしくなったりもするこの頃。

クソ忙しいわちきしょう!!
っていうのも悪くねーなーなんて思ったり、はたまた自由にのんびりとした人生もいいなって思ったり、狭間で揺れてるけどあの仕事終わった後のやったぜ感とビールはたまらなく美味いからなぁ。なんて

まぁ話それましたがメルボルンはどうやらとても懐が深い様子で(どこの街もそうかもしれないけど)住まなきゃ表面上の物しか見えないなと思ったりもして。

 

 

 

でも大きな自分での違いは、今まではあくせく観光地回って忙しく動き回っていたけどこの何も決めないでポーンと行って何も決めずにブラブラしてコーヒー飲んで公園でぼーっとしてるだけでなんか楽しかったこと。

なんだろうこの感覚はって最初思って。

 

 

 

なんか命題が楽しむこともそうだけど、
どれだけ観光地回れたか!
みたいな感じになってた旅から少しずつ解放されて行って、ガイドブックが言ってるmustみたいな物を探すんじゃなくて、自分のアンテナで導かれた方がいいんじゃないかなって
。それって旅も人生もそうなんじゃないかなって。

結局、誰かが導いてくれるなんてこの時代あまりないから。

自分の導かれる方向に、それは自分自身の心が導いてくれてるから。

それでもし間違ったとしても、それは何かのせいにすることでもないしね。

旅から学べることはたくさんあるなーって思える今日この頃でした。

石渡航平

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Jan 25, 2015

where are you going

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平和ってなんだろうか。殺されない?治安がいい?

ことの発端は日本の集団的自衛権の可決の是非

この集団的自衛権というとは仮に、日本と親密な関係がある国が攻撃された場合、それを日本への攻撃と見なして攻撃を仕掛けられるというものでありまして。

憲法九条の解釈を改めて認識し、憲法を変えずに解釈だけを変えるという。

これはどうも賛成しがたい。仮にそうなった場合、日本の自衛隊は戦地へ赴き戦わなければならない。
言うなられば戦争に参加できるという。

そんなに平和ボケって悪いことなのか?

確かにフィリピンのマニラや他のアジア諸国ではスマホをいじりながらストリートを歩いていると危険だから電話するなら建物のなかへ、テキスト打つなら建物のなかへ。
ブラジルの裕福層はストリートには危険が満ちているから移動にはヘリコプターを使ったりするらしい。
渋滞にはまっていると外から銃を突きつけられて金品を脅し取られたりするみたいだから。

でも日本はそうじゃない。
レストランのテーブルの上だってiPhone置いちゃうしタブレットだって置いてしまう。スタバでMacBookいじってる人もいる。

このある種の平和ボケはいい意味なんだろう。

でも平和な国ほど、出生率が低いという事実を知っているだろうか。

逆にジャングルや紛争地帯など危険な地域では多くの人が感染症や戦争で亡くなっているのにも関わらず人口が増えている国がある。

それはある種、人間の種の保存という根幹に眠る物が起きているからだと思う。

では先進国の出生率を上げるにはどうしたら?
そこを考えるべきだろう。

もう日本は以前と違い裕福な国ではない。昔はアメリカにつぎ2位の経済大国だったが、今は中国にその座を奪われ3位に。
このままいくと他のアジア諸国に抜かれて行く可能性はある。

僕らがフォローしなければならないのは本当にアメリカなのだろうか。

本当は今の日本の若い人達がフォローしなければならないのは他のアジア諸国なんではないか。

国自体ではなく、そのアジア諸国の若者達を日本の若者達は見習わなければいけないんじゃないか。

多くの年老いた人達は言う。

昔は良かった。バブルの時は良かった。と。

いつまでもその時の気持ちを引きづり、現実を直視出来ず、自国(自分)の利益や自国(自分)の繁栄ばかりを願う。

確かに自国の繁栄を願い、行動するの大切なことだ。

でも、それを追いすぎて本質的な部分を見逃したりはしてないか。

タイの子供たち、カンボジアの子供たち、裸足でも服が破れていても、幸せそうな笑顔をしていた。
いいスーツ着て、いい靴履いてる日本の大人達は、毎日疲れきった顔で家路につく。

一体何が違うんだろう。

お金が直結して、幸福に繋がると仮定するならば、なぜ子供たちより裕福な日本の大人達はそうなんだろう。

自国の繁栄、ひいては経済の豊かさが幸福度数に関係するならば。

一体これから僕らはどこに向かうんだろう。

本当に、表面的な豊かさばかりおえばいいのだろうか。

確かに戦争をすれば、豊かになるのかもしれない。

人を殺し、戦争をしてまで、豊かになりたいのだろうか。

このままいくとこれから生まれてくる日本の子供達は、もう自国でお金を稼ぐのが大変になってくる。

そして近い未来に、戦争はどこかで起こる。

二つ選ぶとしたら。

海外に行き、外貨を稼いで日本経済を回す。

戦争に行き、相手の何かを奪い日本を豊かにするか。

超極端な話なのはもちろんわかっているけれど

なぜ戦争は起こるのか。

その部分をしっかり考えなければいけないと。

覚醒剤逮捕がそんなにニュースに流されなければならないのか?

人は人だ。芸能人だろうがいいだろう。その人の生きる道だから。

その裏で、政府は何かを動かし、何かを決める。

見えてないこと。見えないこと。

わからないこと。伝えられないこと。

 

 

 

 

未来は誰が作るのか。

石渡航平

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Jan 25, 2015

something ever after

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あの頃の思いというのはいつの頃だったか

十代半ば、まだまだ何も考えず 学生という職業をしていた。

別に何を考えていたわけでもない。

ただ、毎日を過ごしてただけで楽しかったあの時。

いつからか、あの頃の気持ちを忘れ、重力とは違う何かに押し付けられながら暮らしていく日々。

それはただ、毎日をやり過ごしているだけの日々。

なんにでもなれると。思っていた。

望む物なら何にでも。 しかし、そうではない。人間は所詮人間で、何にでもなれるわけではない。ということがわかり始めた二十代前半。

今は二十代半ばに差し掛かり、その二十代前半の頃の気持ちは全く変わった。

何が変えてくれたのかはわからない。

でもオーストラリア来て、確実に変わった物がある。

それは本当の人間の根源にあるような自由。

わかっている。どんな人間でも必ず鎖は付けられていて、自由は得られない。

けど、選択の自由。

この現代日本に産まれたら何にでもなれる。

農民の子は農民でなくていい。

フィリピンの友達に言われた。
お前は日本に産まれてラッキーだ。大した努力しなくても人並みに生きていける。と。

今まで俺大した努力したっけか? してねぇなぁ。

でもこうして、オーストラリアに来れて、日本でも人並みの生活はできている。 美味い物だって食べに行けてるし、旅館だって泊まれている。

例えばフィリピンだと、親がリッチか凄く努力しないとオーストラリアに来るのは難しい。

いつも、下を見てた。

自分より下に何人いるか。

 

 

 

今の日本もそうなんじゃないか。 第二位の経済大国と言われ、ブクブクと肥えていった「それ」はもう破綻寸前だけど、どこか平和ボケして、大丈夫だと思ってないか。 メディアは虚像の安心を売って、原発事故のニュースなんて皆無。 芸能人がどうとか、そんなのほんとどうでもいい。もっと言わなきゃいけない、国民が知るべき事が沢山あるにも関わらず。

上を向くのが怖かった。

一億総中流と言われる、日本の中で、一番暖かくて、何も考えなくていいのは、そこの部分にいる人。

つまり俺だったわけで。

他のアジア諸国の人たちとはハングリー差が全く違う。

何が正しくて、何が嘘なのか。

人の意見に流されていたら、時の流れと一緒に下流に流されて、いつしか大海に出る。

そして自分のいる場所がわからなくなる。

わからなくなった時、その周りにいるのは同じくして、わからなくなった人達で。

ただ、一緒に漂うだけ。

詰まる所、可能性の幅を狭めているのは、

環境でもなく、

親でもなく、

友人もなく、

そう meでした(郷ひろみ風)

もう一度取り戻そう。

あの頃の気持ちを。

まだ間に合う。

遅いってことはない。

此の世の中。

Get out my comfortable zone.

I’ll do it.

Aus is my comfortable zone.

I decide that I’m going to back japan.

石渡航平

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Jan 25, 2015

what we share

Back Camera

共有

共に有ると書くけれど果たしてなんなのだろうか?

僕はこの共有というモノを凄く大事にしたいと思う人間である。

それは、見てる景色、聞いてる音や感じているモノを共有できるからである。

何かを分かち合うということ。

一つの体験をみんなですること。同じ時に、同じタイミングで。

僕は一人旅も大好きだけど、仲間との旅が1番好きである。

それって、うまく言えないけど人生という有限なものに対して凄く大事なことなんだなと思う。
一人、一人、同じ人間なんかこの世に存在しない。
同じ価値観の人間も数少ない。
或る物への感じ方なんてものは一人一人違う。

だからこそ、仲間で旅に出て、凄い景色や、楽しい時間を共有することは何か溝を埋めて行くような、「赤の他人」から目に見えない何かをその仲間たちに感じることのできる、確かなモノだったりする。

一人で行く旅と仲間と行く旅の違いは、この共有感という、ある意味特異な感情によって楽しい物になっているのかもしれない。

準備をしている時、各々行きたい場所が少しずつ違っていてめんどくせーなぁと思うこともあった。

でも、同じ経験をした仲間と飲むビールはすげー美味い。 酒の肴にその時感じたことを話して。

僕ら人間はこの地球という惑星と、有限な資源を共有して生きている。

目に見えない酸素だって共有して生きている。

だから僕らは「人間」なんだと思う。

大きい括りの中で人間である僕たちは、日本に産まれて、日本の中の都市に産まれて、育っていく過程で仲間や恋人と出会い、同じ時を過ごしていく。

何で仲良くなって、ここまでつるんでるのか。

何をきっかけに関係というものが出来上がるのか。

それは思い出や何かを共有して分かち合うからこそであると。僕は思う。

あの頃の気持ちや、考え方、唯一平等に流れる時間の中で。

どんな映画でも同じ冒険をして、同じ修羅場を潜った人とは恋に落ちる。

僕らもこの淡々と過ぎてゆく日常の中でそんな風になるのは、何かを共有してるからなのかもしれない。

苦しみ、悲しみ、喜び、楽しみ。 様々の物をシェアして生きれば、本当の幸せは案外すぐ見つかるのかもしれない。

石渡航平

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Jan 25, 2015

streaming music

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ストリーミング音楽という物。

音楽の形が変わろうとしてきている。

僕は昔から大の音楽好きでロック、からヒップホップ、クラブからカントリー•••オールジャンル(昨今のクソ日本音楽シーンはまったく聞かないがユーミンとかはっぴぃえんど80’s-90s’はイカす)幅広く聞くわけです。

昨今、紙の本から電子書籍に移行していくように、音楽にもむしろ電子書籍の前からいわゆる「デジタル化」の波が押し寄せて来てはいた。

iTunesを筆頭にAmazon mp3からパンドラ、spotify 、Beats music、sound cloud •••数ある音楽アプリケーションが、Web上にある。

iTunesは日本でお馴染み、誰でも持っているだろうけどここでは音楽ストリーミングという形態についてすこし話をしたいと思う。

spotifyという音楽ストリーミングサーヴィスがある。
前々から知ってはいたし、話題にも登っていたけど、日本では公開されていないが為にアカウントを持っていなかったけれどオーストラリアに来てこっちでiTunesアカウントを作りそれを使い始めた。

一言で言えば、音楽流通の時代の変化。を告げるものだと感じるわけで。

去年位に僕がリスペクトするReadioheadのトムヨークとプロデューサーのナイジェルが、spotifyと大ゲンカをして音源を全部引き上げたというニュースは日本でも報じられた。

しかし使ってない人にそんなニュース報じたところでなにもわからんだろ!と個人的には思うわけでございます。

このオオゲンカの原因に各々思うところがあるだろうと思う。
事の発端はspotifyからアーティスト側に支払われるギャラの低さから始まった。
トム曰く、このギャラの低さだと若いこれからのアーティストが食べてはいけない。このビジネスモデルは間違っている。

というのが発端な訳です。 具体的な話はググって頂けると助かるのですが、そんな時間はねぇ! という人の為に簡単に説明します。

そもそもspotifyは音楽ストリーミングサーヴィス、ネット環境のある所ならCM入りだったら音楽聴き放題な訳です。

さて、この聴き放題。 一曲、あるアーティストの音源を聞くとアーティスト側にはいくら収入が入るのか。

これはspotify側が公表していて、約0.6円から0.86円らしいのです。 例えば最近売れてるファレルのhappyなんかが、一日1000回ストリーミングされたとしたら0.6円計算で、アーティスト側に入る金額は一日600円になるわけです。

そこからレーベル、諸々に差し引かれるとほんと何十円レベルになってしまう可能性が大。 そこでトムは怒った。安すぎるだろ!!!と。

これじゃ食ってけねぇとおかんむりになったわけです。

ここまで書くとRadio headが出したIn Rainbows の話もしなきゃならないから超簡単に。
そのアルバムはWeb上で突然発表され、up to you。という過去にはない値段をリスナーが決めるというレコード会社無視の売り方をしたアルバムだったわけです。

革命的といえばそうなんだけれども 、そこから音楽の価値が下がったと言うアーティストも何人かいるわけで。 音楽の価値を下げた張本人が何を今更アーティスト側の金がすくねーだ!馬鹿野郎! という声も上がるわけです。

上記の理由で依然喧嘩は続いているわけですが、ではリスナー側からはどうなのかと。 使ってみてどうなんだっていう話を。

まず使いやすさですが、ほぼ完成形に近いです。UI、検索のしやすさ、プレイリストの管理などすごく簡単で使いやすい。

さらに、雰囲気や情景的な音楽もまとめられているのでchillやビーチパーティ、sunday morningなどその場の雰囲気に合わせた音楽もプレイリスト一発で出てきます。

そこからラジオなどもあり、60’sや80’sなど、時代別に分けられておりその時代の名曲たちも聴くことも可能。

これは凄いことだと本当に思うわけで。
なぜかというと、そもそも音楽にあまり興味がない人はチャートに入ってる曲や話題になってるCM曲からしか新しい曲を探す方法がないわけで。 だから逆に興味がある人からすると、随時高いアンテナを張っていなければならないことになる。

Twitterのアーティストの発言を確認したり、音楽誌を買って調べたりしなければならない作業が発生するわけ。

それが長いこと続いてるともう新しい音楽はめんどくさいから今好きなアーティストだけ追いかけてればいいやという、
新しい音楽の発見を辞めてしまう病
にかかってしまう。

これはこれでいいと思うし、しょうがない事だと思う。

ただ、もし、新しい音楽の発見がすごく簡単だったら?高いアンテナを張っていなくても新しい情報が入って来たら?

そう考えると、spotifyの凄さが少し分かって頂けると思う。

新しい音楽を見つける事のハードルが下がれば、今まで音楽をあまり聞かなかった人でも聴くようになるし、絶対的なリスナーが増えると。

これは凄いことだと。 そしてやはり欲求的に生で聞いてみたい→ライブに行く。 みたいな流れが出来上がるわけだから、トムヨークが言うように、新人が生活できない。という事も一概には言えないと思うわけ。

YouTubeも無料、違法ダウンロードし放題の現代社会において微々たるものだがお金が入ってくるというのはアーティスト側にもいい事だと思うし。

そして気に入ったALBUMがあれば買ってコレクションにすればいいわけだし、もっといい音質で聴きたければ違うフォーマットやLPを買うだろうし。

これから更にこの分野の発展は避けられないことだと自分は思います。

だけど、これが広まったらリスナーの意識改革も必要になってくると。

もっとこのテクノロジーで、アーティストとリスナーが近づければいい未来が待ってるんじゃないかなと。

著作権協会なんぞものは必要ないのかもしれないと。

結局音楽ってなんなんだろうという疑問になると思うのだけれど、やはり、常に身近にあってすぐ聴ける。

音楽によって色々助けられた人も沢山いると思う。 俺はないと生きていけない人だけど、そんな人がもっと増えればいいアーティストもいい音楽も増える。

そんな人達が、
世の中に増えて欲しいと切に願う今日この頃なのでございます。

石渡航平

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Jan 25, 2015

what trip do u like ?

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ついこの前まで友人がこっちに遊びに来てトリップアドバイザーをしていました。
その友人達とはよくアジアや日本中を旅した仲間でわざわざシドニーくんだりまで来てもらって凄い楽しい日々を過ごさせてもらいました。

そこで考えたのは旅の重要性。

 

 

 

 

旅というのは遊びなのかもしれない。

でも、日常生活では感じ得ない感情や気付きが出来る。 遊びの中でそれが出来る。それは幸せなことこの上ない。

ただ、ハワイばっかとかリゾートばっかりではその感覚も薄くなるかもしれない。

日本人のイメージでは東南アジアはどーゆう国に見えるのだろう?

日本人はとにかく、ヨーロッパが好きだ。
それはパリコレとかわけわからないセレブ文化とかそーゆうメディアによって色付けられた情報によってそう思ってるのかもしれない。

 

 

 

 

ではアジアは?貧乏で汚い?危険?騙される? 大いなる勘違いだと俺は思う。

おれは何十カ国も旅してないし、アジアでもタイとかカンボジアとかバリとかしか行ってない。

でも大多数の日本人が持つ汚いとか危険とか魅力がないとか、それは本当に違う。

 

 

 

 

いつから日本人はアジアで一番だと思い始めたのだろう?なんで2ちゃんとかでは在日の人達が叩かれるんだろう?

俺は日本人というモノに誇りを持っているしいい国だと思う。

でもそれは比べるものじゃなくてたまたま日本に生まれただけ。

比べている人たちは誰かに目隠しされて生きている。

 

 

 

 

カンボジアのベンメリア(個人的にはアンコールより良かった)に行った時のこと。

ベンメリアではカンボジアの七、八歳の子供達がお金を貰って遺跡の案内をしている。
そこに中国人観光客の同い年くらいの子供がカンボジアの子供にお金を投げていた。

そしてそれを拾うカンボジアの子供達をみた。

それを見て、別に中国人がどうこう思ったわけじゃない。

嗚呼俺は本当に何も知らないんだなって思った。

旅の本とか読んで知った気になっていた自分をアホかと思った。

だから、自分の目で見てちゃんと五感で感じなきゃいけない という事に気付けた。

 

 

それだけで、本当に旅に出て良かった。旅を好きになって良かった。と思えた。

机の上でラップトップいじってるだけじゃ気付けない事がこの世界には沢山ある。

生きてるうちに、色んな物を見よう。

若いうちに沢山の事を感じよう。

それが出来るのが

なんだろう。

石渡航平

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Jan 25, 2015

Revolution needs a soundtrack

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日本人ということ。
こっちへ来てから日本人という意識が自分の深くに入り込んできます。
日本人というアイデンティティ。

それは日本の中ではあまり感じられない事。 極東の島国で暮らしてる僕らにとっては感じ辛い。

日本はこれといった宗教がない国で、クリスマスも祝いながらその一週間後には初詣行く。 その後バレンタインデーやってひな祭り••• などなどごちゃ混ぜ。

これは色々な意見があるだろうけどいい事だと、個人的には感じる。

何故かというとそれは日本人は何でも柔軟に受け入れられる。という事。

明治維新の時、日本人は西洋の文化を取り入れた。 戦後GHQが入って来た時、日本はアメリカを受け入れた。

ガラパゴスという島がある。 それは様々な固有種が住んでる島。 日本はこのところなんだガラパゴスだガラケーだのと言ってその島に例えられる。 確かに良くない事なのかもしれない、でも言ってるだけじゃなくその環境が生まれたことを何故か考えなきゃいけない。

日本は日本でビジネスが出来た。それは国内市場が巨大だったからであってそこまで世界に打って出る必要がなかったから。

市場が巨大だったからこそ、人口がたくさんいたからこそ、made in japanというブランドが出来た。

僕のシェアハウスのオーナーは家電は日本製しか買わないと言っていた。 それは長持ちするからだと。(車はメルセデスCクラスコンプレッサーだけど) タイ人の友達はトヨタ最高だと言ってるし(TOYOTAはオーストラリアから工場撤退するそうだが) このことから、いいも悪いも表裏一体。だから日本のガラパゴス化を一概に批判出来るものでもない。

でも高齢者増加に伴って国内市場が少しづつ小さくなっている昨今、みんな気付いた。 このままじゃいかん。と。 気付いたからこそ、ガラケーだのという言葉が生まれたわけであると俺は思う。

ガラパゴスという言葉の裏にはこれまでの日本に対する賞賛と裏腹に隠れるこのままじゃいけない。という二つの異なる意味が含まれている。(そうであって欲しい。)

話は少し逸れたがそう、 日本人は作り出す力、受け入れる力、ちゃんと持ってる。

なんでコリアンタウン、チャイナタウン、タイタウンなどアジアの国の街があってジャパンタウンがないのか? ずーっと考えていて、昨日、こっちで大学院行ってる友達と文化論を語り合っていた時に答えがでた。

それは前述した通り日本人の環境適応能力とその場に馴染む事の出来る能力、受け入れる能力が他のアジア諸国よりも高いから。っていう考えに至った。

コリアンは同胞意識が強い。だからお互いのネットワークも強い。 中国もそうだし、タイもそう。

でも日本人は同胞意識があまりないから街作って固まったりしない。別に毎日日本食食わなくてもいい。ピザ出されりゃピザ食うしナン出されりゃナン食う。 ときどーき恋しくなるくらいなもんで。

地方の日本人だらけバッパーとかシティ中心部のタコ部屋みたいなとこに日本人同士で固まってるイケテナイワーホリもいるけどそこまで街作るまでいかない。

なんていうかドライ。 それが日本のいいとこであると俺は思う。 だからみんな可能性は秘めてる。 世界中の連中と仲良くやれる。

世界のイメージは日本人はシャイで大人しいと思われてるけど素質持ってると思う日本人は。

3年前の昨日。 震災後という言葉を生んだ日。
あの時の日本人は1番日本人を感じていた。

生きるということ。

自分が日本人だということ。

そして自分の国という感覚。

3.11を忘れちゃいけないし、あの時のあの瞬間に感じた想いを、僕らは忘れちゃいけない。

愛国心、なんてメタルギアでしか聞いたことない言葉で日本にいたらそんなことは到底話にもでてこない。

国籍は変えられるかもしれないけど、母国は変えられない。

だからこそ、日本人というアイデンティティをしっかり持ってなきゃいけないんだと思う。

ヨーロッパに憧れたりもするけど、日本の文化、ダサくないよ。

でも日本の政治、企業は年長者が仕切ってて保守的だから、僕らの世代でひっくり返さないといけない。

皆が愛すことのできる国を。

石渡航平

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Jan 25, 2015

始まり。

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カルチャーブログとぶち上げてしまったからには初回はカルチャーっぽいこと書かないといけないなと思いまして、オーストラリアに来て思うこと、感じる事を書きたいと思います。

日本を出て早四ヶ月、たった四ヶ月ですが感じたものを。 オーストラリアに来る前まではオーストラリアは英語圏だから白人ばかりだと思っていました。
でも実態は違って、本当は多民族国家で、様々な国の人がひしめき合いながら暮らしています。特に僕がいるシドニーはすごい。

アジア系、中国、韓国、タイ、ベトナム系の街もあれば、ポルトガル、スペイン、イタリア系の街もある。 その住む人たちによって街の色も違うし食事も違う。 日本ではあり得ない光景が日常的に広がっていて、日々刺激を受けるわけで。 様々な国の人がいるからこそ様々なカルチャーが根付いていて面白い。

これは本当に日本とは違う。日本は常識、という共通認識があり、それを皆が理解して日常生活を営んでいるわけで。 でも、世界には様々な宗教、信仰、常識があって、一歩外に出れば日本の共通認識が共通認識ではなくなる。

ヨレヨレのラモーンズのバンT着て洗ってないリーバイス履いて裸足で街歩いてる人の横にトムフォードのスーツきてジョンロブ、クロケットジョーンズ、チャーチあたり履いてサンローランのバッグ持ってるビジネスマンが歩いてる。

ドクターマーチン履いて緑の髪したタトゥーだらけの女の子の横に、ジミーチュウのハンドバッグ持ってルブタン履いた女の子が歩いてて、その横にイスラム教のヒジャブ着た人が歩いてる。

セカンドハンドならぬナインハンドくらいの年式不明のボロボロのプジョーが走ってる横に、新型のメルセデスSクラス走ってたり。

でもそれはここではありふれた光景であって、日本みたいに均一化された流行とか価値観みたいなものがない。 これしてないとダサいとか、これは一昔前前に流行ったやつだとか、そーいう意識が日本よりない。

本当にup to youな感じで。

本質的な自由な部分というか、縛られない感じがここにはある。 キリスト教の人もいれば、イスラム教の人、仏教の人、ヒンドゥー教の人もいる。

パブ行ってビールに泡がないと思ったらオーストラリアではそれが普通だったり、パブ行ってこいつ酒飲まないなーと思って聞いてみたら宗教上の理由で飲めないとか。 なんでパブにいんねん。

ストリートミュージシャンがプロ並みにうまかったり、ギター屋のおっちゃんにギター見せてっていったら自分で弾き始めちゃって超絶テクで10分くらい弾いちゃってドヤ顔で渡されて俺氏謝る。みたいなこと起きちゃったり•••。

お金の価値観も人それぞれで、休みあって金なくてもいいって人もいれば金稼ぎに力入れてる人もいる。 それは、この国の遊び方が多種多様で、お金のなくても遊べる範囲が幅広い。ほぼタダでBBQ出来るし、めっちゃ綺麗なビーチでサーフィン出来るし、そこら中でスケボー出来るし自然だらけの巨大な公園で本読めるし•••。

幸せのあり方が沢山ある。そして自由に選べる。

そして、みんな自分の国のことよーく知ってる。 俺の浅はかな知識と消え入りそうな英語力では深くまで語れなくて悔しい思いばかりだけどそれでもわかるくらい世界情勢から自分の国の問題点まで幅広い。

日本にいたら感じなかったこと。それはもっと自分の国の事知らなきゃいけないってこと。自分の国の事説明出来なきゃいけないって事。

そして世界の事もっと知らなきゃいけない。 例えばスイスは英語圏だと思ってたらフレンチパート、ジャーマンパートに別れてる事なんて全く知らなかったし、アイルランド人がなんでこんなにたくさんいるのかと思ったら自国ではあまり仕事がなかったからこっち来て金稼ぐ事が普通だったり。

とにかく、ただの旅を今までしてきたけど旅と住むことは全然違う。 見え方が違うし、感じ方が違う。 楽しい旅と苦労だらけの住むということはまるで違う。

来る前までは海外に行くとかカッコイイ事だと中二病患ってずーっと思ってました。

でもこっち来て思うのは、海外に出るということは別にカッコイイということではないということ。
必要性があれば出ればいいし、なければ日本でいい。
今の世の中、その気になれば誰でも出れるし、今や留学なんて選ばれた人がするもんでもない。

本当普通、世界標準から見れば海外に行くなんて普通。ありふれたこと。 日本にいて、自分のみたい景色が見られるならそれでいい。その逆も然り。

カッコイイとかそんなくだらん話は無しにして、個人的にオススメするのは日本見れない景色があるのなら出た方がイイよ!ってだけです。

日常生活を営むということは、日本と変わらんルーティンワークだけど、海外という環境を変える事によって人によりけりだけど苦労する分収穫はでかい。

けど、収穫するにはそれを入れる器が必要でその器をどれだけ大きくしてやってくるか?

それは日本でどうやって生きてきたか?っていう点だと思います。 俺みたいに日本で甘ったれた生活してたらこっちで苦労して同時に器を広げないとならないという苦行に陥る可能性大ですが。笑

以上、カルチャーなのかなんなのかそこもわかりませんが初稿はこんな感じで終わらせてもらいます。
もっとまとめてからかけというご意見はご勘弁を。笑

石渡航平

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