Jan 25, 2015

Revolution needs a soundtrack


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日本人ということ。
こっちへ来てから日本人という意識が自分の深くに入り込んできます。
日本人というアイデンティティ。

それは日本の中ではあまり感じられない事。 極東の島国で暮らしてる僕らにとっては感じ辛い。

日本はこれといった宗教がない国で、クリスマスも祝いながらその一週間後には初詣行く。 その後バレンタインデーやってひな祭り••• などなどごちゃ混ぜ。

これは色々な意見があるだろうけどいい事だと、個人的には感じる。

何故かというとそれは日本人は何でも柔軟に受け入れられる。という事。

明治維新の時、日本人は西洋の文化を取り入れた。 戦後GHQが入って来た時、日本はアメリカを受け入れた。

ガラパゴスという島がある。 それは様々な固有種が住んでる島。 日本はこのところなんだガラパゴスだガラケーだのと言ってその島に例えられる。 確かに良くない事なのかもしれない、でも言ってるだけじゃなくその環境が生まれたことを何故か考えなきゃいけない。

日本は日本でビジネスが出来た。それは国内市場が巨大だったからであってそこまで世界に打って出る必要がなかったから。

市場が巨大だったからこそ、人口がたくさんいたからこそ、made in japanというブランドが出来た。

僕のシェアハウスのオーナーは家電は日本製しか買わないと言っていた。 それは長持ちするからだと。(車はメルセデスCクラスコンプレッサーだけど) タイ人の友達はトヨタ最高だと言ってるし(TOYOTAはオーストラリアから工場撤退するそうだが) このことから、いいも悪いも表裏一体。だから日本のガラパゴス化を一概に批判出来るものでもない。

でも高齢者増加に伴って国内市場が少しづつ小さくなっている昨今、みんな気付いた。 このままじゃいかん。と。 気付いたからこそ、ガラケーだのという言葉が生まれたわけであると俺は思う。

ガラパゴスという言葉の裏にはこれまでの日本に対する賞賛と裏腹に隠れるこのままじゃいけない。という二つの異なる意味が含まれている。(そうであって欲しい。)

話は少し逸れたがそう、 日本人は作り出す力、受け入れる力、ちゃんと持ってる。

なんでコリアンタウン、チャイナタウン、タイタウンなどアジアの国の街があってジャパンタウンがないのか? ずーっと考えていて、昨日、こっちで大学院行ってる友達と文化論を語り合っていた時に答えがでた。

それは前述した通り日本人の環境適応能力とその場に馴染む事の出来る能力、受け入れる能力が他のアジア諸国よりも高いから。っていう考えに至った。

コリアンは同胞意識が強い。だからお互いのネットワークも強い。 中国もそうだし、タイもそう。

でも日本人は同胞意識があまりないから街作って固まったりしない。別に毎日日本食食わなくてもいい。ピザ出されりゃピザ食うしナン出されりゃナン食う。 ときどーき恋しくなるくらいなもんで。

地方の日本人だらけバッパーとかシティ中心部のタコ部屋みたいなとこに日本人同士で固まってるイケテナイワーホリもいるけどそこまで街作るまでいかない。

なんていうかドライ。 それが日本のいいとこであると俺は思う。 だからみんな可能性は秘めてる。 世界中の連中と仲良くやれる。

世界のイメージは日本人はシャイで大人しいと思われてるけど素質持ってると思う日本人は。

3年前の昨日。 震災後という言葉を生んだ日。
あの時の日本人は1番日本人を感じていた。

生きるということ。

自分が日本人だということ。

そして自分の国という感覚。

3.11を忘れちゃいけないし、あの時のあの瞬間に感じた想いを、僕らは忘れちゃいけない。

愛国心、なんてメタルギアでしか聞いたことない言葉で日本にいたらそんなことは到底話にもでてこない。

国籍は変えられるかもしれないけど、母国は変えられない。

だからこそ、日本人というアイデンティティをしっかり持ってなきゃいけないんだと思う。

ヨーロッパに憧れたりもするけど、日本の文化、ダサくないよ。

でも日本の政治、企業は年長者が仕切ってて保守的だから、僕らの世代でひっくり返さないといけない。

皆が愛すことのできる国を。

石渡航平

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