Jan 25, 2015

something ever after


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あの頃の思いというのはいつの頃だったか

十代半ば、まだまだ何も考えず 学生という職業をしていた。

別に何を考えていたわけでもない。

ただ、毎日を過ごしてただけで楽しかったあの時。

いつからか、あの頃の気持ちを忘れ、重力とは違う何かに押し付けられながら暮らしていく日々。

それはただ、毎日をやり過ごしているだけの日々。

なんにでもなれると。思っていた。

望む物なら何にでも。 しかし、そうではない。人間は所詮人間で、何にでもなれるわけではない。ということがわかり始めた二十代前半。

今は二十代半ばに差し掛かり、その二十代前半の頃の気持ちは全く変わった。

何が変えてくれたのかはわからない。

でもオーストラリア来て、確実に変わった物がある。

それは本当の人間の根源にあるような自由。

わかっている。どんな人間でも必ず鎖は付けられていて、自由は得られない。

けど、選択の自由。

この現代日本に産まれたら何にでもなれる。

農民の子は農民でなくていい。

フィリピンの友達に言われた。
お前は日本に産まれてラッキーだ。大した努力しなくても人並みに生きていける。と。

今まで俺大した努力したっけか? してねぇなぁ。

でもこうして、オーストラリアに来れて、日本でも人並みの生活はできている。 美味い物だって食べに行けてるし、旅館だって泊まれている。

例えばフィリピンだと、親がリッチか凄く努力しないとオーストラリアに来るのは難しい。

いつも、下を見てた。

自分より下に何人いるか。

 

 

 

今の日本もそうなんじゃないか。 第二位の経済大国と言われ、ブクブクと肥えていった「それ」はもう破綻寸前だけど、どこか平和ボケして、大丈夫だと思ってないか。 メディアは虚像の安心を売って、原発事故のニュースなんて皆無。 芸能人がどうとか、そんなのほんとどうでもいい。もっと言わなきゃいけない、国民が知るべき事が沢山あるにも関わらず。

上を向くのが怖かった。

一億総中流と言われる、日本の中で、一番暖かくて、何も考えなくていいのは、そこの部分にいる人。

つまり俺だったわけで。

他のアジア諸国の人たちとはハングリー差が全く違う。

何が正しくて、何が嘘なのか。

人の意見に流されていたら、時の流れと一緒に下流に流されて、いつしか大海に出る。

そして自分のいる場所がわからなくなる。

わからなくなった時、その周りにいるのは同じくして、わからなくなった人達で。

ただ、一緒に漂うだけ。

詰まる所、可能性の幅を狭めているのは、

環境でもなく、

親でもなく、

友人もなく、

そう meでした(郷ひろみ風)

もう一度取り戻そう。

あの頃の気持ちを。

まだ間に合う。

遅いってことはない。

此の世の中。

Get out my comfortable zone.

I’ll do it.

Aus is my comfortable zone.

I decide that I’m going to back japan.

石渡航平

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