Mar 2, 2015

Wake up ~前へ進むのが楽しい理由~


IMG_3808

なぜ前に進むことは楽しいのかを考える

ということで、なぜ前に進む=成長をすることが楽しいんでしょうか。

今回はそのことについてゆっくりと考えていきたい次第でございます。

生きるということ

まず、生きる。ということについて、僕らが何故この世に産まれたか?
その疑問には多くの答えがありますし、ないのかもしれません。

しかし、なんというか「前に進む」為に産まれてきたんじゃないのかなと思う時があるんですよね。

例えば、何かに「合格」した時、自分の望む場所に「入れた」時、自分のやりたかったことをやっている「自分を感じている」時。

これって共通して言えるのは成長を実感できている瞬間なのではないのかなと思うんですね。

昔から憧れているものがあって、それに向かって少しずつ前に進んできて、どこかでそれが結実する。

そしてそれは単純に「すげー嬉しい」とか「すげー楽しい」という感情が生まれる瞬間でもあるわけですよね?

だからこそ、産まれたからには前に進んでいくしかねーだろって思う理由でもあるわけです。

意味のない時間

そして、更に考えます。
「この世に意味のないことはない」とよく耳にする言葉。

僕もこれ最初はめちゃくちゃ共感しました。
人間どこかで、「名言本」みたいたものにハマる瞬間があるとおもいます。(僕だけだったら申し訳ないです•••)それって簡単にその辺のエッセンスを抽出できるからだと思うんですよね。

なんというか、それこそ前回引用させてもらった司馬遼太郎さんの作品には多くの良い言葉、名言が出てくるわけです。

でも、名言はあの長いストーリーを読み進んで行かないとでてこない。

それには多少の時間と労力が必要だと。
それを端折って端折って出来たのが「名言本」なんだと思うんですよね。

それはそれで確かに効率はいいし、何かしら学べることがあるから否定はしません。むしろ僕自身がっつりハマっていた時期がある位ですから。

しかし、その「近道」を考える事自体が前に進むことの妨げになっているんじゃないかなと思うんですね。

正直、今まで生きてきて近道なんかに出会ったことがない。

何かをして、その幸せの瞬間を得るにあたり様々な過ぎ去ってきたものが折り重なって出来ているということが実感としてあります。

だから名言本でエッセンスを抽出したとしても、実際本質的な部分は見えてなかったことが多かったです。

そのことから察するに、意味のない時間とは「近道」を考えている瞬間なんじゃないかなと思いました。

新しい事をしている自分

もうちょい掘ります。

冒頭に書いた、「前に進む為に産まれてきた」のなら、恐らく一番面白いのは挙げた中でも「新しい事をしている自分」なんじゃないかと。

新しい事をやるというのは勇気が必要です。
新しい事をやるというのは過去との決別が必要な時もあります。
何かを捨てなきゃ何かは持てない。

でもそれは一番生きているということを感じられる瞬間なんじゃないかなと思います。

だって単純に己の可能性に対してアプローチしていくという行為は、深い井戸の中から得体の知れぬ何かを引っ張り上げるような感覚に似てるからだと。

その引っ張り上げるものが、ひのきのぼうなのか、錆び付いた剣なのかわからない。

でも、その錆び付いた剣が「伝説の剣」になることもあると思います。

だからいつもその井戸に手を突っ込んで探していなきゃならないと思うんですね。

その手を突っ込む事自体が、新しいことに挑戦するコト=成長なんじゃないかなと。

そして、その突っ込む技術というかそのような「生き様」がビジネスになったりもするんじゃないかと。

それは怖いし、危ない。
もしかしたら奈落へ堕ちてしまうかもしれない。
でも、何が出てくるかわからない。
だから「楽しい」

これは僕の実体験としてあります。

僕自身も、もっと心の奥にある井戸の中から、いろんなもの引っ張り上げていきたいとおもう今日この頃なのでした。

Posted in BlogNo Comments » 

関連記事

Comment





Comment



CAPTCHA