Jan 25, 2015

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共有

共に有ると書くけれど果たしてなんなのだろうか?

僕はこの共有というモノを凄く大事にしたいと思う人間である。

それは、見てる景色、聞いてる音や感じているモノを共有できるからである。

何かを分かち合うということ。

一つの体験をみんなですること。同じ時に、同じタイミングで。

僕は一人旅も大好きだけど、仲間との旅が1番好きである。

それって、うまく言えないけど人生という有限なものに対して凄く大事なことなんだなと思う。
一人、一人、同じ人間なんかこの世に存在しない。
同じ価値観の人間も数少ない。
或る物への感じ方なんてものは一人一人違う。

だからこそ、仲間で旅に出て、凄い景色や、楽しい時間を共有することは何か溝を埋めて行くような、「赤の他人」から目に見えない何かをその仲間たちに感じることのできる、確かなモノだったりする。

一人で行く旅と仲間と行く旅の違いは、この共有感という、ある意味特異な感情によって楽しい物になっているのかもしれない。

準備をしている時、各々行きたい場所が少しずつ違っていてめんどくせーなぁと思うこともあった。

でも、同じ経験をした仲間と飲むビールはすげー美味い。 酒の肴にその時感じたことを話して。

僕ら人間はこの地球という惑星と、有限な資源を共有して生きている。

目に見えない酸素だって共有して生きている。

だから僕らは「人間」なんだと思う。

大きい括りの中で人間である僕たちは、日本に産まれて、日本の中の都市に産まれて、育っていく過程で仲間や恋人と出会い、同じ時を過ごしていく。

何で仲良くなって、ここまでつるんでるのか。

何をきっかけに関係というものが出来上がるのか。

それは思い出や何かを共有して分かち合うからこそであると。僕は思う。

あの頃の気持ちや、考え方、唯一平等に流れる時間の中で。

どんな映画でも同じ冒険をして、同じ修羅場を潜った人とは恋に落ちる。

僕らもこの淡々と過ぎてゆく日常の中でそんな風になるのは、何かを共有してるからなのかもしれない。

苦しみ、悲しみ、喜び、楽しみ。 様々の物をシェアして生きれば、本当の幸せは案外すぐ見つかるのかもしれない。

石渡航平

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