Jan 25, 2015

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平和ってなんだろうか。殺されない?治安がいい?

ことの発端は日本の集団的自衛権の可決の是非

この集団的自衛権というとは仮に、日本と親密な関係がある国が攻撃された場合、それを日本への攻撃と見なして攻撃を仕掛けられるというものでありまして。

憲法九条の解釈を改めて認識し、憲法を変えずに解釈だけを変えるという。

これはどうも賛成しがたい。仮にそうなった場合、日本の自衛隊は戦地へ赴き戦わなければならない。
言うなられば戦争に参加できるという。

そんなに平和ボケって悪いことなのか?

確かにフィリピンのマニラや他のアジア諸国ではスマホをいじりながらストリートを歩いていると危険だから電話するなら建物のなかへ、テキスト打つなら建物のなかへ。
ブラジルの裕福層はストリートには危険が満ちているから移動にはヘリコプターを使ったりするらしい。
渋滞にはまっていると外から銃を突きつけられて金品を脅し取られたりするみたいだから。

でも日本はそうじゃない。
レストランのテーブルの上だってiPhone置いちゃうしタブレットだって置いてしまう。スタバでMacBookいじってる人もいる。

このある種の平和ボケはいい意味なんだろう。

でも平和な国ほど、出生率が低いという事実を知っているだろうか。

逆にジャングルや紛争地帯など危険な地域では多くの人が感染症や戦争で亡くなっているのにも関わらず人口が増えている国がある。

それはある種、人間の種の保存という根幹に眠る物が起きているからだと思う。

では先進国の出生率を上げるにはどうしたら?
そこを考えるべきだろう。

もう日本は以前と違い裕福な国ではない。昔はアメリカにつぎ2位の経済大国だったが、今は中国にその座を奪われ3位に。
このままいくと他のアジア諸国に抜かれて行く可能性はある。

僕らがフォローしなければならないのは本当にアメリカなのだろうか。

本当は今の日本の若い人達がフォローしなければならないのは他のアジア諸国なんではないか。

国自体ではなく、そのアジア諸国の若者達を日本の若者達は見習わなければいけないんじゃないか。

多くの年老いた人達は言う。

昔は良かった。バブルの時は良かった。と。

いつまでもその時の気持ちを引きづり、現実を直視出来ず、自国(自分)の利益や自国(自分)の繁栄ばかりを願う。

確かに自国の繁栄を願い、行動するの大切なことだ。

でも、それを追いすぎて本質的な部分を見逃したりはしてないか。

タイの子供たち、カンボジアの子供たち、裸足でも服が破れていても、幸せそうな笑顔をしていた。
いいスーツ着て、いい靴履いてる日本の大人達は、毎日疲れきった顔で家路につく。

一体何が違うんだろう。

お金が直結して、幸福に繋がると仮定するならば、なぜ子供たちより裕福な日本の大人達はそうなんだろう。

自国の繁栄、ひいては経済の豊かさが幸福度数に関係するならば。

一体これから僕らはどこに向かうんだろう。

本当に、表面的な豊かさばかりおえばいいのだろうか。

確かに戦争をすれば、豊かになるのかもしれない。

人を殺し、戦争をしてまで、豊かになりたいのだろうか。

このままいくとこれから生まれてくる日本の子供達は、もう自国でお金を稼ぐのが大変になってくる。

そして近い未来に、戦争はどこかで起こる。

二つ選ぶとしたら。

海外に行き、外貨を稼いで日本経済を回す。

戦争に行き、相手の何かを奪い日本を豊かにするか。

超極端な話なのはもちろんわかっているけれど

なぜ戦争は起こるのか。

その部分をしっかり考えなければいけないと。

覚醒剤逮捕がそんなにニュースに流されなければならないのか?

人は人だ。芸能人だろうがいいだろう。その人の生きる道だから。

その裏で、政府は何かを動かし、何かを決める。

見えてないこと。見えないこと。

わからないこと。伝えられないこと。

 

 

 

 

未来は誰が作るのか。

石渡航平

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